No.39 福岡歯科大学:平成29年一般入学試験B日程小論文課題模範解答

 本問の課題文では、老人ホームの入所者に親切に接するあまり、入所者の依存を招き、結果的に入所者や施設の人、そして自分自身までが不快な思いをしてしまっているボランティアの姿が描写されている。こういった、ボランティアの悲劇のような描写は、災害のときなどにも描かれるものである。課題文の筆者は、「本当に善を行いたいのだったら、『微に入り細にわたって行わねばならない』」と述べている。では、本当に行われる善とはそもそも何なのであろうか。

 

 本当に行われる善、それは、独りよがりでない、周囲の人々のことも考慮に入れた、全体最適を求める行為である。全体最適とは、自分と他者を含めた、グループやコミュニティ全体がよりよい方向に進むことであると考える。自分からしてみればいかに「善行」であると考えられるとしても、周囲の人々の利益にならなければ、それは単なる独りよがりなものとなってしまう。自分の行動が他者にいかなる影響を及ぼすか、それを常に考え続けながら行動すること、それが本当に行われる善であると私は考える。

 

 そして、筆者が述べている、「微に入り細にわたって」行われる善、それが先ほどの全体最適を追求した行動なのだと考える。単に親切に独りよがりの「善」をするということではないのである。これは、課題文の老人ホームという福祉の現場だけでなく、医療現場にも言えることだろう。医師や歯科医師、その他医療専門職が良かれと思ってした行動が、思わぬ副産物を生じさせてしまうこともある。たとえば、ある医療スタッフが、患者に対して何から何まで援助をしてしまうと、その患者に依存する気持ちが生まれ、結果的に良くない方向に進んでしまう。それを防ぐためにも、周りの人々や集団全体を考えた行動、すなわち集団の全体最適をどこまでも考えた行動が必要不可欠なのである。これこそが、独りよがりでない、周りの人々を考慮した最適解を出すことにつながるのである。

(800字)