No.57 東京大学2007年度後期日程論文Ⅱ(文科Ⅰ類)第2問

今回は、かつて類別に実施されていた、東京大学の後期日程の問題を扱いました。「総合問題」に変更される前の最後の文科Ⅰ類の後期日程試験です。課題文は東京大学法学部長の著作からです。「法律政治の勉強をするために、精神的成人であること、または精神的成人になることが必要か」という問いがなされています。厳しい受験を勝ち抜こうとする受験生への、東大法学部からの挑戦状とも言えるでしょう。

課題文の全文は著作権の関係で掲載できませんので、引用という形で問題の下線部のみ記載します。

そもそもわが学部の専門とする法律政治の世界は、まさに精神的成人だけが取扱い得る世界だからである。

問 下線部に関して、法律政治の勉強をするために、精神的成人であること、または精神的成人になることが必要か、あなたの考えを1200字以内で述べなさい。(句読点も1字として数える。)

解答例

法律政治の勉強をするために、精神的成人であること、または精神的成人になることは必要だ。法律や政治の分野において求められるのはまさに精神的成人であるからだ。そもそも精神的成人とは、筆者によれば確乎たる自我をもつとともに他人の立場がわかり、独立の判断を以って協力や秩序を作り出せることだ。ここで法律や政治を考えると、これらにおいては他者と自我とをいかに峻別し、その二者の懸隔をいかに埋めるかが重要であると考える。法律とは二者間の衝突を調整するものだ。守りたい利益を明確化させ、それを守るために法律を駆使することが求められる。このときに重要なことは、事実を冷徹に分析することだ。事実の把握なくして法律の適用はできないからだ。そこには自分の私的な感情が入る余地はない。自分自身の感情を抑えつつ、事実関係を捉えることが肝要だ。これを実践するためには、他者と自分自身、すなわち自我とを明確に分けることが必要だ。自我と他者が未分化の状態では自己の勝手な思いが判断に容易に混じってしまうからだ。また、政治は国家資源の最適配分を法律の下に希求することであるから、同様のことが言える。とはいえ、単に自我と他者を分けることに徹するだけでは、法律が求める社会正義の実現は達成しえない。皆が自分自身の利益だけを求め、他者を顧みることがなければ、それは他者に対する闘争状態に陥ることを意味するからだ。ここで必要なのは他者の立場を考えることのできる想像力だ。自身の求める利益が他者の権利を侵害しないかを常に自問する姿勢が法律政治を勉強する者には求められるはずだ。それによって、法律が意図する保護すべき利益を守り、政治が為すべき全体最適を達成することができる。こういった他者に対する想像力が、自我と他者との隔たりを解消し、お互いの利益を達成することを可能にすると考える。他者と自我とを画した上で他者を慮るこういった姿勢は、現代社会においても十分に涵養しえる。確かに現代の教育機関は、筆者の言うようにモラトリアム人間を許容する社会的な機構である。一見、その中では精神的成人になれないように思われるが、実際はそうではない。学校が許す猶予は自我が不十分であることを自身に自覚させ、それ故に確乎たる自我の確立を促すからだ。学校がもたらす猶予は、経済的に自立しなければならないという強制力を排除する。そしてそれは学問に没頭し自問自答することを許す時間的猶予に他ならない。つまり、学校という社会システムは自我が未分化であると気づかせるための時間を与える装置として機能しえるのだ。それゆえ、学校は精神的成人となることと矛盾しない。むしろ学校という場でこそ精神的成人になり得るのだ。このように、法律政治を学ぶためには精神的成人となることが必要であり、そうなるためには学校が与える猶予の中で不断に自身の自我の未熟さを問うていく必要があるのだと考える。
(1200字)