No.62 横浜市立大学医学部医学科2019年度小論文 解説と模範解答例

今回は2019年度の横浜市立大学医学部からの出題です。

 

 

高校の授業の一環として稲刈りの体験授業があり、あなたはそれに同伴した指導者です。農家の高齢の御夫婦が、お礼にとおにぎりを握って持ってきてくれました。しかし多くの生徒は知らない人の握ったおにぎりは食べられないと、たくさん残してしまいました。これについてあなたはどう考え、生徒や農家の方とどのように話しますか。1,000字以内にまとめなさい。

 

今回の留意点は次の通りです。

 

《留意点》

①医学部医学科からの出題であるため、自身が医師になっても通底するような理念、考え方を表明すること。
②「老夫婦への思いやり」や「近頃の若者」といった情緒的な問題には触れず、論理的に導ける結論を書くこと。
③本問では解答者である自分が「授業の指導者」であることを意識して、単なる評論で終わらない文章を書くこと。

それでは、どうぞ。

 

高校の授業の一環として稲刈りの体験授業があり、あなたはそれに同伴した指導者です。農家の高齢の御夫婦が、お礼にとおにぎりを握って持ってきてくれました。しかし多くの生徒は知らない人の握ったおにぎりは食べられないと、たくさん残してしまいました。これについてあなたはどう考え、生徒や農家の方とどのように話しますか。1,000字以内にまとめなさい。

 

解答例

 自分自身がこの「稲刈りの体験授業」の指導者ならば、多くの生徒がおにぎりを食べなかった事実に対して、指導者としての生徒への方向性の提示や訴えかけが不十分だったことの帰結だったと考える。この体験授業の意義は何だったのか。それは単なる座学ではない。日本の食を支える人々がいかに苦労をしているか。また、その苦労をいとわず、高齢者を含めた農家の方々がいかなる思いで稲を育てているか。そしてその支えの上に自分たちの食が成り立っているのではないか。そういったことを訴えるべきだった。指導者は高校生たちにこれらの現実を見る機会を提供したのにも関わらず、その意義を伝えることができなかった。それがおにぎりを食べない生徒が多くいたことにつながった。この意義が伝わっていれば、農家の御夫婦は高校生にとって「他人」とは言えないはずだ。育てた稲が食材として高校生の食卓に上っていることを想像できれば、この農家は食卓を支える存在だと捉えることができる。それができていなかったのは、ひとえに指導者の能力不足だ。生徒たちがおにぎりを食べなかったことを、「時代の流れ」や「若者の質的変化」などと責任転嫁してはならない。授業のマネジメントを怠った指導者の責任である。


 これを踏まえ、生徒に対しては次のように伝える。確かに、「知らない人」が握ったおにぎりを食べたくない気持ちはわかる。しかし、御夫婦は本当に「知らない人」だろうか。むしろ、稲の段階からの育て方やそれへの愛情を感じなかったか。「知らない人」が作ったものが食べられないのならば、製造工程がわからない市販の食品も食べられないはずだ。しかしそれは食べる。あなたたちが実際に握るのを「見た」ものを食べず、製造されるのが「見えない」ものを食べるのは矛盾していないか。「食」において私たちが矛盾を無意識に抱えていることを考えてほしいと伝えるだろう。

 また、農家に対しては、次のように伝える。授業に対する自身の作りこみ、生徒への事前の訴えかけが不十分だったと率直に認め、すべては自分に非があると謝罪する。仮にここで生徒に原因があるとしてしまえば、それは指導者として失格である。授業の責任者として、授業全体をマネジメントする責務が自身にあり、農家の方に対してその責務を果たせなかったことを包み隠さず陳謝するのが自分自身の役目だ。これが「授業」というプロジェクトを指揮する者の使命であると考える。
(1000字)