No.68 東京大学教養学部教養学科2019年度推薦入試最終選考小論文課題 模範解答例と解説

今回の問題は東京大学教養学部教養学科平成31年度推薦入試最終選考小論文課題です。久々の東大チャレンジです。今回の問題は下記リンクに課題文が掲載されております(東京大学の公式サイトに飛びます)。
https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400118981.pdf

 大まかにいって、今回の論題は、「”一九八九年の精神”に代表される、西欧自由民主主義の第二ヴァージョンを構想せよ」というものです。これまで西欧に端を発した自由民主主義が、社会主義というイデオロギーとの対立を超克し普遍化したが、近年のポピュリズムの台頭に見られるような歪みも生み出している。その中で、いかなる構想が「第二ヴァージョン」として見出されるか、というものです。受験生は世界システムの構想を東大から託されるわけです。それだけでワクワクしますね。

今回の《留意点》は次の通りです。

《留意点》
①「第一ヴァージョン」が終焉を迎えたことを前提に論じる
②問題文の指示通り、「課題文の趣旨」を踏まえる
③答えるべきなのは、「第二ヴァージョンについてのあなたの構想」であることを確認する

①「第一ヴァージョン」が終焉を迎えたことを前提に論じる

 「第一ヴァージョン」とは、社会主義国家の崩壊を背景とした、民主政の営みのことです。政党や大統領制を根幹とする、利益配分を主眼に置いた民主政は終わったと筆者は述べています。この部分に傍線があるため、解答者としてはそれを所与のものとして捉えなければなりません。まずは「第一ヴァージョン」がどのようなものなのかを正確に認識すること、そしてそれがなぜ終わったのかを踏まえること、その終焉の背景にあった課題を捉えること、それらが必要です。「第一ヴァージョン」の民主政を延命させる、といった論旨は評価されないと思われます。

②問題文の指示通り、「課題文の趣旨」を踏まえる

 この場合の「課題文の趣旨」とは次のようなものです。「一九八九年の精神」に基づいた、西欧発祥の自由民主主義は曲がり角にある。その表れが「ポピュリズム」の台頭だ。ポピュリズムは排外的であり、同一集団内の構成員の同質性を重視する。この背景にあるのが、政治がこれまで担ってきた、富の再分配機能の機能不全です。度重なる経済危機により国家は疲弊し、富める者から貧しい者への富の分配が行われなくなり、格差が生まれ、それがポピュリズムの台頭につながったということです。その中で自由民主主義の「第一ヴァージョン」は終わった、ということです。これを踏まえるのは、解答にあたっての最低条件です。

③答えるべきなのは、「第二ヴァージョンについてのあなたの構想」であることを確認する

 では、解答者は何を答えるべきなのでしょうか。それは自由民主主義の「第二ヴァージョンの構想」です。全世界に漂う閉塞感の中で、私たちは自由民主主義をいかに守っていくべきなのか。確かに自由民主主義に欠陥がないわけではないのは確かですが、民主主義以外の政治体制より「まし」であるのは歴史が証明しているところでしょう。とはいえ、自由民主主義が孕む陥穽をいかに超克し、新たな世界の「構想」をどのように立てるかを考えなければ、袋小路にはまってしまいます。解答者はその意味で、「第二ヴァージョンの構想」を求められているのです。自分自身の「世界観」が問われる壮大な問題だと言えるでしょう。ここで注意しなければならないのは、「ポピュリズムは受動的だ」という点です。「ポピュリズムをいかに退治するか」というように、世界的な課題を矮小化して問題解決の策を弄するのは問題の趣旨に反しています。「ポピュリズム」は世界が有する潜在的な負の部分が顕在化したものに過ぎないのです。解答にあたっては、「ポピュリズム」の背後に存在する鵺のごとき闇を喝破し、それを打破する「構想」を明示しなければなりません。

これらを踏まえ、私なりの解答例を用意しました。それでは、どうぞ。

解答例

(1)
 傍線部(1)で言われている緊張関係とは、ポピュリズムの台頭により国際的な緊張が高まることだ。例えば、アメリカ合衆国におけるドナルド・トランプ大統領の政治姿勢がもたらす緊張が挙げられる。彼はラストベルトに代表される、アメリカの経済発展に乗り遅れた、社会的・経済的な「弱者」に転落した人々の支持を受けている。それゆえ、保護主義、排外主義、自国中心主義が目立つ。これが原因で、地球的な課題である地球温暖化におけるパリ協定からも離脱を表明し、多国間の協調を不安定にした。また、自国の産業を最優先に考えることによって、保護主義に傾倒し、中国との関税戦争により世界経済の先行きを不透明にする一因となっている。また、周辺国からの移民の排斥を掲げることにより、複数民族間の軋轢を生む結果となっている。このように、トランプ大統領の下で、アメリカはそのプレゼンスを高めようとするばかりに、国際関係に緊張をもたらしている。
(400字)

(2)
 筆者のいう「一九八九年の精神」とは、ソ連とアメリカとの冷戦に代表されるイデオロギー対立が終焉を迎え、西欧型自由民主主義が普遍化したことだ。これにおける第一ヴァージョンの時代とは、先進民主政下の国家においては、議会制民主主義を基にした、政権政党による利益配分が主流だった時代だ。また、新興民主政下の国家においては大統領制か半大統領制が採られ、リーダー型の政治が行われた。
 こういった第一ヴァージョンが終わったと筆者が言うのは、ポピュリズムの台頭により有権者が既存の政治枠組みを忌避するようになったことによる。グローバリゼーションに対抗する形で、その国家ないしは地域で、均質化された集団内でのアイデンティティの確立が声高に叫ばれ始めたのだ。具体的には自国、自民族を中心とし、その埒外にいる者を排斥する動きなどがある。
 このように第一ヴァージョンが終わったとして、第二ヴァージョンはいかにあるべきか。「一九八九年の精神」における西欧型自由民主主義を敷衍しつつも、各国が、それぞれの政治的ないし社会的弱者を含めた国民全体に配分する富の「比率」をシフトする姿が考えられる。これまでの第一ヴァージョンでは、はじめに「大きな政府」を標榜し、手厚い社会福祉政策を基軸とした政治がなされてきた。その後、石油危機などの経済危機を経てサッチャーやレーガンの政権のような「小さな政府」への回帰が見られた。そして、リーマンショックを引き金として、これまでの富の蓄積が目減りし、かつその配分に偏りが見られるようになった。ここにポピュリズム台頭の萌芽が見られるといってよい。なぜなら、不均衡な富の配分は政治的・社会的・経済的弱者を生み出し、彼らの鬱積した不満が新たな形の政治権力を求めるからだ。
 こうしてみたときに、第一ヴァージョンの政治の転換点は「経済」にあることがわかる。すなわち、大きな経済危機に見舞われるたびに政治体制は変容を強いられてきたということだ。ただ、それでもこの時代は経済成長が前提だったのは確かだ。増え続ける先進国の人口を背景にして、資本主義は膨張した。それに呼応し、ある程度は誰しもに富が配分された。
 しかし第二ヴァージョンにはそれとは異なるものが求められる。世界全体としての経済成長が確固たるものでなく、世界全体の富が増え続けるとは言い切れないからだ。むしろ、世界的な人口構成の変容により、資本主義自体がいびつな形に変化を遂げているのが現状だ。その中で、各国政府は、相対的な「弱者」に、その富を傾斜して配分することが必要だ。さもなければ、貧困が固定化され、社会の階層の流動性までが滞ってしまうからだ。これは社会全体の階級化を意味する。階級化は下層の人々の不満を惹起し、結果的に自由民主主義という社会システムの崩壊にもつながる。この一つの表れがポピュリズムだ。
 これを避けるべく、各国政府は水平方向及び垂直方向の社会的な流動性を担保する社会制度を構築する必要がある。もちろんこれは各国の実情によって形態は異なる。しかし、その下敷きには、普遍化された自由民主主義がある。自由民主主義そのものが、世界経済自体の潤滑油になってきたからだ。このように、第二ヴァージョンとしての「一九八九年の精神」は、富の傾斜配分による社会全体の流動性を確保するとともに、自由民主主義を背景とした経済発展を可能な限り目指すことが必要だと考える。
(1400字)