No.71 東京藝術大学美術学部芸術学科2013年度小論文解説と模範解答例

今回は東京藝術大学の小論文問題の模範解答例を書いてみました。論題は以下のとおりです。


悲しみや恐怖など、否定的な感情を与える芸術作品が好まれることがあるが、それはなぜか。具体例を挙げて論じなさい。ジャンルは問わない。

※字数は推定800字程度

[’13東京藝術大学 美術学部 芸術学科]

確かに、「悲しみ」や「恐怖」といった否定的な感情を与える芸術作品が好まれることはありますよね。ただ、それがなぜか、というところまではなかなか考えることは少ないのではないでしょうか。今回の問題を解くにあたっての《留意点》は次の通りです。

《留意点》
①答えるべきなのは、否定的な感情を与える芸術作品が好まれることがある「理由」である
②具体例を必ず挙げる
③「美術学部芸術学科」の受験生としてふさわしい答案とする

①答えるべきなのは、否定的な感情を与える芸術作品が好まれることがある「理由」である

これは問題文から明らかなことですが、問題文から求められているのは「…それはなぜか」という「理由」です。したがって、答えの中心は否定的な感情を与える芸術作品が好まれることがある「理由」になってきます。また、解答の際に注意したいのは、「好まれることがある」というように、必ず好まれるわけではないことに注意するということです。時と場合によって、好まれるケースと好まれないケースがあるということに留意が必要です。

②具体例を必ず挙げる

これも問題文の指示に従うという意味で必須の要素です。それは当然のこととして、注意したいのは、自分の論旨に沿う形での「具体例」を書く必要があるということです。どういったものであっても芸術作品であれば「具体例」として本問の答案に書いていいというわけではありません。自分が述べたいことに応じて、具体例として挙げる芸術作品はセレクトするべきです。そもそも具体例とは自身の論じることを具体化しわかりやすくするものです。したがって、まずは自分が何を論じたいのかを考えてから具体例を選ぶべきでしょう。

③「美術学部芸術学科」の受験生としてふさわしい答案とする

この部分が最も難しいと思います。東京藝術大学といえば、芸術系の大学の最難関です。したがって、受験者の中で抜きん出た答案にするにはどうするかを戦略的に考える必要があります。一つの方策としては、芸術的な観点を深堀りして、具体例を用いながら論じるというものがあり得るでしょう。また、もう一つの方策として、芸術学以外の観点の視点も取り入れながら、複眼的な視点で論じるということもできます。今回の答案では後者をとりました。確かに芸術学的な観点も必要ですが、それは大学に入学してから学ぶことであると考えたからです。大学が求めているのは、多様な観点をもつ受験生なのではないかと考えました。したがって、今回の答案では、フロイトに代表される心理学の知識を援用して答案を書いてみました。

解説は以上です。それでは、どうぞ。

悲しみや恐怖など、否定的な感情を与える芸術作品が好まれることがあるが、それはなぜか。具体例を挙げて論じなさい。ジャンルは問わない。

※字数は推定800字程度

[’13東京藝術大学 美術学部 芸術学科]

解答例
 否定的な感情を与える芸術作品が好まれることがあるのは、芸術の域にまで昇華された否定的な表象が、我々の無意識のうちにある深層心理のネガティブな部分を揺さぶるからであると考える。

 たとえば、フランシスコ・デ・ゴヤの作品に、「我が子を食らうサトゥルヌス」という絵画がある。これは狂気の末に我が子を食らうというおぞましい光景を描いたものだ。この絵画からは恐怖や怪奇さ、残酷さといった否定的な感情がわき上がるのを禁じ得ない。

 しかし、この絵画は時の試練を経て今でも名作として挙げられる。それは、この絵画に描かれる「我が子」は「自分自身」の分身であり、自分という存在の重さに耐えきれずに病に冒される人間を描いたものである、という解釈も可能だからだと考える。そのイメージが、意識しないうちに、私たちの無意識下にある深層心理に訴えかけているのではないだろうか。

 私たちの深層心理には、様々な思念が渦巻いていると言われる。その中には、社会的に見て健全なものもあれば、自分の内面より外に出してはならないような、道義的に許されないものもある。それらのうちのごく一部が無意識から露出したものが、私たちの意識だ。この意識より下層にあるネガティブなものは、日ごろは露出することはないが、私たちの心のどこかに存在することは否定できない。むしろ、ポジティブな要素しか持たない人間がいたとすれば、逆に病的とすら言えるのではないだろうか。

 そして、この深層心理が共感するものとして、ある種の芸術作品が好まれることがあるのだと考える。つまり、私たちの裡にある負の部分としての心理が、芸術作品がもたらす否定的な表象と共鳴するからこそ、その作品は好まれることがあるのだ。もちろん、否定的な感情を与えるものすべてが好まれるわけではない。芸術家の観察眼や洞察力がもたらした表象が、私たちを内奥から震撼せしめてはじめて、その作品が名作たりえるのだと考える。
(800字)