No.75 慶應義塾大学文学部2019年度小論文解説と模範解答例

今回は慶應義塾大学文学部の問題を解いてみます。問題はこちらです。著作権の関係で、東進の「大学入試問題過去問データベース」にリンクします。無料ですが会員登録が必要です。

それでは解説です。

《解説》

設問Ⅰ
要約問題です。制限字数が「三百字以上三百六十字以内」とかなりシビアです。課題文は「メリトクラシー」に関する論考でした。この制限字数だと、具体例を入れる余裕はありません。課題文の筆者が強調したいことのみを抽出する必要があります。課題文では「日本のメリトクラシー」などが挙げらられていますが、それは入れずに、「能力の社会的構成」について字数を割くべきでしょう。

設問Ⅱ
「能力」について考えを述べる問題です。こちらも制限字数が「三百二十字以上四百字以内」ですので、余計なことは書けません。また、問題文に「この文章を踏まえて」とありますので、課題文を無視して「能力」について書くことはできません。したがって、答案の方向性はある程度定まってくるはずです
課題文では、「メリトクラシー」は社会における文脈に依存するものだとあります。しかしその一方で、能力の基準が一旦社会に受容されれば文脈を外れても一定の効力を発揮するとあります。すなわち、「能力」とは、課題文を踏まえれば、社会的な文脈に依存するはずなのに、その文脈の外でも生き続け得るものだと考えることができます。そうするならば、「能力」自体が矛盾をはらんだものであることは容易に想像できるでしょう。今回の答案ではその点を書いてみました。

《解答例》

設問Ⅰ この文章を三百字以上三百六十字以内で要約しなさい。
社会全体としてメリトクラシーが進展しているのか幻想なのかという問いは現実味に欠ける。メリトクラシー基準によって何かを評価する際の基準によって、結論が変わり得るからだ。したがって、メリトクラシーへの到達度、すなわち能力評価の基準は画一的に定められるのではなく、文脈依存的なのだと考えるべきだ。文脈は「能力」の重要な構成要素だといえる。社会の構造が人々の能力の定義を事後的に作り出すのは「能力の社会的構成」と呼ばれる。能力の社会的構成論では、その社会での正当性が認められれば、暫定的な基準として受容される。いったん許容された基準は、文脈から外れても一定の効果を期待できる。能力が社会的に構成されるという見方は、万人に機会が保障された選抜を基準とした従来の能力論とは質を異にするものだ。(340字)

設問Ⅱ 「能力」について、この文章を踏まえて、あなたの考えを三百二十字以上四百字以内で述べなさい。
「能力」とは、何かを遂行するにあたって好ましい結果を出し得るかを測る基準だと考える。結果が好ましいものでなければ、その人は「能力がある」とはみなされない。ただ、この「好ましい」か否かという基準は、その社会や組織によって変容するものだ。ある事柄について同じ結果を残したとしても、それを評価する者や集団が異なれば、違った評価がされうる。その意味で、メリトクラシーは画一的ではなく、社会的な文脈に依存する。ここでは、文脈依存的な基準によって一度定められる、能力に対する評価が独り歩きする可能性があることに注意すべきだ。本来「能力」はその社会構造によって変化するもので、絶対的なものではない。それにもかかわらず、一度措定された「能力」はその人を測る基準として機能してしまう。これは本来的な意味での「能力」とは異なるはずだ。このように、「能力」とは、それ自体が矛盾をはらむ基準として機能する相対的な概念なのだ。(400字)

何かの参考になれば幸いです。