No.78 2019年度 和洋女子大学・人文学部・日本文学文化学科模範解答例

文章において筆者は、勉強をするということは、自分に新しい知識やスキルが付け加わることではなく、これまでの自分の破壊をすることであるとしている。勉強とは自己破壊だとしたうえで、自己破壊をする理由を、同調圧力に代表される、これまでの「ノリ」から自由になるためだとしている。

 

この文章で筆者が主張したいことは、既存の自分のままでは、今まで自分が積み重ねてきた常識的な考えに沿って行動せざるをえなくなり、それは自分にとって予定調和的な人生を歩むことに他ならないのだとしていると理解した。これまでの自分は、他人からの同調圧力によってある程度成形されたものであり、自分がそのままであるならば、他人と同じような行動しかとれなくなるからだ。その結果として、人生自体が他人と同じようなものになってしまうのだ。

 

 

この理解を踏まえ、問題なのは他人と同じかどうかではなく、自分が自分の人生を自らの手で選び取っているかどうかということだと考える。確かに、他人と同じような人生であろうと、それで自分が満足できているのであれば何の問題もないように思える。しかし、それが自身で積極的に選んだものではなく、他人と歩調を合わせた結果のものであった場合、それは自分の人生であるとは言い切れないだろう。他人に合わせ、選択肢を検討しないまま歩む人生は自分が作り上げた人生ではないからだ。人生は自分が選び取った結果の積み重ねであるはずだ。

 

選び取るということ、つまり選択肢を吟味する自由をもつことが、自分の人生を生きることなのではないだろうか。他人からの同調圧力により歩む人生より、選択肢から選んだ結果としての人生の方が、振り返ったときに自分らしいものとなっているはずだ。選び取る自由をもつこと、それが人生において必要なのだと考える。(742字)